問題の定義
2024年01月16日 07:15
「問題」ってそもそも何でしょう。
一言で言いますと、
「そのままで放置できないこと」です。
放置できないということは、
“変化を要する”ということです。
ひきこもりの問題は、
「放置しないために変化を起こす」といった
ことに逆行している、
まさに「問題」というものの定義を
象徴している現象です。
変化を恐れるといった普遍の人間心理を
よく表しています。
なぜ放置させてしまったか。
何を放置させてしまったのか。
なぜ放置させてしまったかを考えて見ましょう。
「誰も放置させたつもりはない。
いくら言っても本人が動かなかっただけだ」
と家族からは返ってきます。
「なんとかしたくても動けなかったんだ」
と当事者からは返ってきます。
つまり、それぞれ自分が放置した認識は
ないのです。
気がついたら5年経っていた。
10年を超していたという相談がほとんどです。
それだけ自らが問題をそのままにしてきた
という感覚に乏しいのです。
なぜでしょう。
それは、現実の「受容」ができていないからです。
改善、変革が必要なあらゆる問題の
解決のためのスタートラインに立てるために
最も必要なことが、この「受容」なのです。
受容には、
(1)受け容れるという側面と
(2)引き受けるという側面
があります。
「受け容れる」というのは、目の前の現実を
ありのままに認めるということです。
現実は、いくら目をつむったり、そむけても
どこへもいきません。
消えてなくなるどころか、
事態はより深刻化します。
十代の少年が、四十代の初老になるまで
ひきこもったケースもあります。
もちろんその両親もまた年を重ねています。
思春期の思い煩いが、時を経過させた
ことで心が完全に壊れてしまう
に至ったケースもありました。
「現状」「今」を冷静に観るということは、
“何が問題か”を認識するためにも
とても重要なことなのです。
二つ目の「引き受ける」という意味は、
自身の問題として受け止めることです。
つまり、自己責任ということです。
不登校でもひきこもりでも、それは他でもない
わが家で起こっています。
そしてわが子が当事者です。
そして、その子は、まさに私の子なのです。
「本人がやる気を出さなければ
どうにもならない」という発想は、
手元から問題が離れてしまっています。
解決は子ども次第。
「親が自分をこうしたんだから責任を取れ!」
という恨みごとも、
これからを親に預けてしまっています。
いずれも、自らの問題の解決を他者へ
依存してしまっているのです。
これが結果的に、状態の放置となり、
問題がより悪化、深刻化する要因と
なるのです。
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家族心理教育コンサルタント 中光雅紀
ひきこもり・不登校相談
なぜ起こったか、原因は何か、何から始めたらいい
のかを具体的にアドバイス致します
https://mbp-japan.com/fukuoka/search/area:40/genre:9:9009/
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