ブログ《存在の痛みへの寄り添い》

贖いの罪

2025年01月03日 06:49

なぜ親御さんが、世話をしていくことが

何をもたらすかが分からなくなって

しまっているのか。




それは、過度な罪責感罪悪感から、

贖(あがな)いをしてしまおうとする

からです。


 

 

わが子から

「人生を返せ!」

「なぜ生んだんだ!」

「なぜ親父と別れないんだ!」

などと問い詰められますと、

さすがにこれまでを悔いてしまい、

深い悔恨の念にとらわれます。

 


 

そこまではなくとも、

ふさぎ込んだり、荒れたりしている期間が

長くなりますと、

充分な対応ができずにいる自分自身を責め、

わが子に対しての申し訳なさがつのるのです。

 


 

罪悪感は、良くも悪くも人を縛ります。

自分の身を犠牲にしての贖いは、

この罪悪感からの苦痛を和らげるため

になりやすいのです。




つまり、自身の側の感情処理が優先され、

相手(わが子)にとっての

償(つぐな)いになっているかの見極めが

なされないのです。

 

 


親自身のこれからの人生を

全て犠牲(代償)にして、めんどうを見ても、

もとより子どもたちはそんな犠牲を

望んでいませんし、

先に述べたように、

実際子どもたちの得たいものを与えられません。

ですから、償いにはならないのです。

 


 

青年たちが望んでいるのは、

親の犠牲ではありません。




自分のために親が犠牲になれば、

そのことで罪悪感を抱えさせてしまう

ことになります。




ただでさえ子どもたちは、

親に対しての申し訳なさを感じているのに、

それ以上子どもを縛ることはできません。




彼らが心底求めているのは、

親子の間柄の安寧と生きる喜びです。


(続く)






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家族心理教育コンサルタント 中光雅紀

ひきこもり・不登校相談

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